●ママになってからの日々

法務・社内情報基幹システム構築職を経て、夫と出会い結婚出産。年子の二児の母に。
夫しかしらない土地での新しい出来事の連続。
保活中に東日本大震災に遭遇し、「時間=命」と気が付き、生き方働き方を深く見直すことになりました。

専業主婦となり、「自分が子育てをしなくては」のとらわれから、極度の体調不良を経験。
今思えば、この時は、頼ること、甘えることがいけないことだと自分を責めて、視野が狭くなっていました。
静養し、家庭趣味同窓会など自分を感じるつながりやできごとをひとつずつふやすことで、生きる喜びを取り戻したのちは、新たに大手英会話での講師にチャレンジ。
成長するひとを英語をいうツールで応援できた日々は財産です。

パートや雇用されるスタイルから変化を求めて、自分らしく生きるために30才半ばで、2015年にママのためのおけいこサロンを起業しました。
拠点を静岡県浜松市におき、ママや親子向けに、お菓子づくり・リボンづくりレッスンをご提供し、嫁ぎ先0スタートにして口コミとSNS集客で初年度より年間600人のママさんにお越しいただきました。
その後、好きなことに気が付いて実現するひとを応援すべく、コミュニケーション講座やママのためのキャリアサポート、大型イベントの統括へと活動を広げていきました。
いつも人生を好転してきたのは「家族の応援」と「言葉の力で自他を応援すること」でした。

●なやっぽとの出会い

私は2019年1月から渋谷クロスFMでママ夢ラジオの第4木曜日のチームでパーソナリティをはじめました。

なやっぽ主宰のミキティは、当時もうすでに第2木曜日放送のチームにいて、「愛知から渋谷には毎回いけないけど」といいつつ、インスタ発信などで存在感がありました。
そんななかで、パーソナリティの連絡グループで、プロデューサーから「ママ夢ラジオから、ママのためのお悩みサイトプロジェクトが始まります!」と発表があり、え!ラジオつくってるひとが自分でサイトまでつくるの?と正直驚いて「何を掲載するものですか」的な質問を私はしたのでした笑
違う曜日のチームとはいえ「サイトを作ったことないけど(しかもワードプレス!)やることにしました!!!」の情熱の高さにある種の驚きがあったことを今も覚えています。
サイトをつくったことないけどやってみたい方々があつまって構築していく様子は間接的ですが伝えられ、「なやっぽ」というプロジェクト名を知ることとなります。

これを見ていた私は、「サイト構築の応援はできないけど、なやっぽサイトの情報充実や広げる応援ならできる」とおもっていたところ、専門家(現在はサポーター)募集のお知らせを知り、言葉の力でママたちのお悩みを整理して一歩踏み出す応援をすべく、専門家登録をさせていただくこととなりました。

●なやっぽへの想い

なやっぽ発祥の経緯や思いはミキティの紹介にもあるとおりですが、私はミキティの応援をしながら、次第に「なやっぽをもっと自分の身近で応援したい」と思うようになり、スタッフをさせていただくことを選びました。

ミキティとはママ夢ラジオ静岡1期で番組づくりをご一緒しました。
そこで触れる、繊細だけど、決めたことはやり抜く、不確実でも不安定でも自分の力で解明し新しい道をひらく力の持ち主であること、
私は愛知県出身ということもあり、知多市には友人知人も多く、ミキティが地元知多市での活動をひろげていくにあたり、私がこれまでプロジェクト遂行や他分野の方との協働など経験したことや知恵を共有することでなやっぽの応援ができる!を何度も感じました。

そうして、いま、なやっぽスタッフとして、情報発信や活動方針づくりなどに尽力しています。

24時間やったことのない仕事をずっと任された、そんなふうに、第1子出産直後は私も感じていました。

悩むこと自体が悪いんじゃない。
ママだって分からないもある。
なんといっていいかわからないけど不安がある。
国や行政の仕組みだけで救えることばかりではない。
時間が解決する、といって片付けたくない。

ママをしながら感じてきたことを、なやっぽサイトで、直接イベントなどでお会いするなかで、共有して、ママの笑顔や本当にやりたいことに前進できるような応援を、言葉の力でこれからも貢献していきます。

大倉昌子のサポーターページはこちら

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