誰にでも起こりうる不登校問題

今、隣の部屋でゲラゲラ笑いながら友達とゲームをしている6年生男子。
こんな日が来るなんて

2年前のちょうど今頃、もうすぐ夏休みだという4年生の1学期。
最初はプールが嫌なだけなのかなくらいに思っていました。
その後、4年生が終わるまでに学校に行った日にちはたった13日。そのうち遅刻早退は6日。長男の4年生の2学期と3学期は、たった7日間でした。

 

初めて知った、友達との関係

 

長男は体が小さく、優しくて、学校ではいつもニコニコしていました。
長男によると、3年生の後半から、友達の「いじり」がひどくなっていったそうです。
その頃我が家では、私と主人の仲が険悪で、離婚直前にまで悪化していたころでした。
学校でのことを割とよく話してくれる子ですので、その頃もきっと「あの子がこんなこと言ってきた」みたいなことは話していたのかもしれませんが、そこまで深刻だという事を私は気付いてあげられませんでした。
4年生になって学校に行きたくないと言い出して初めて、「いじめられている」と話をされた時も、信じられませんでしたし、「言われたら言い返せばいいじゃん」って言っていました。
それができていたら、不登校にはならない
そしてそれを私が受け止めてあげていたら、長男はもっと楽だったかもしれない。
今でも、思い出すときはそう思います。
私もパニックでした。
あるときは行かなくてもいいよ、と言い、あるときは大声で罵声を浴びせ、怒鳴りあい、二人で泣く日もありました。

 

夫との意見の違い

 

私の中で、学校には行くべきだという固定概念と、こんなに苦しいなら別に行かなくたっていいという気持ち、そしてもしこのまま行けなくなって引きこもってしまったらどうしよう?この3つの感情がもう頭の中をぐるぐるぐるぐる回っていました。

そして夫はというと、長男の不登校が始まる頃には夫婦関係は落ち着いていましたので、最初は「家でも勉強するなら別に行かなくてもいい」というスタンスでしたが、約束は守れ、とずっと言っていました。
前半は、家で話していると楽しいことも思い出し、「明日は行ける」と言いつつ、朝になるとやっぱり不安で行けない、という日が続いたある日、「なぜ約束が守れないんだ」とすごく怒った時がありました。
そしてそれを必ず最後は私のせいにされました。そして子供たちの前で私のことも責める。

子どもの想いと私の想い、そして夫の想い、どれも受け止めきれずどうしてあげたらいいのか、何が正解なのか、何も、本当に何もわからなくなりました

 

私の小学生時代

 

私自身もいじめられた経験がありました。
6年生の時、父の転勤で3学期に県外に転校をした時です。
両親の、「中学に入ってからではかわいそうだ」という想いからでした。
これが裏目に出たというかなんというか…
転校生の私は、かっこうのいじめの対象でした。
おにごっこでは全員が鬼。
当時、椅子に敷いていた防災頭巾にはスライムがべっとりつけられていたこともありました。
でも、親に言うという選択肢が私の中にはありませんでした。
なぜだかは、今考えてもわかりません。
特別心配をかけたくなかったとかそんな記憶があるわけでもないのですが。
そして、耳の後ろに10円ハゲができました。
円形脱毛症でした。
診てくれた先生がこっそり母に「精神的なものでしょう」と言ったそうです。
そんな小学校生活でしたし、たった3か月でしたので、卒業式のことも全く覚えていません。
中学になると、いじめはぱったりなくなりました。
そんな余裕がなかったんでしょう。
結局予定より早く、中学3年生で元の家に戻り、私が何かの話の流れで母に、「転校して良かったよ」と言った時とても泣いていたのを覚えています。

 

校内カウンセラーの先生との出会い

 

長男が学校に行けなくなってしばらくしたのち、校内カウンセラーの先生を紹介されました。
30代の男性で、いくつかの学校を受け持っているので、長男の学校に来るのは週に1度でした。
長男と直接ではなく、いつも私との面談でした。
そこでいろいろなことをお話ししました。
もちろん夫婦関係のことも。
その先生には、私たち夫婦の関係が一番関係しているのではないかと言われました。
一番安心できる場所であるべき家庭がぐらぐらしていたことで、心の安定が図れなかったのではないか、と。
そしてそこで先生が言ってくださった言葉で、とても印象深いものがありました。
「僕は、学校に行かない、という選択をした○○くんは素晴らしいと思っています。その方が本人もしんどいんですよ。」
私には衝撃でした。
学校に行きたくないなんて、甘えていると思っていた部分がありましたから。
でもそうではなかった。
先生とは2週間から1か月に1度、面談をしました。
今思えば、私のカウンセリングでした。
私の不安に思っていることを、夫のことも含めたくさん聞いてもらいました。
私がこのなやっぽを作りたいと思ったきっかけの一つがこの先生との出会いでもありました。

 

長男の状態

 

最初は、とにかく自分でもどうしたらいいのかわからなかったようで、感情を抑えることができませんでした。
私の放つ一言一言も、きっとつらかった事でしょう。
私自身の不安をすべてぶつけていました。
「死にたい」と言ったことも一度や二度ではありません。
そのたびに私は怒りました。「子供が親より先に死ぬなんて許さない。どんな想いをして生んで、どんな想いをして育てたと思ってるの!なんでお母さんの気持ちがわからないの!」って。
そんなこと、わかるわけないですよね。
わかるわけないってこともわかっていました。
長男が私よりもずっとつらいということも、苦しんでいることも。
わかっていたんです。
でも止められなかった。
子どもを信じてあげることもできませんでした。
自分の不安の方が先立ってしまって。
そんな自分が情けなかったし、だからってどうしたらいいのか、まったくわからず、どこに助けを求めていいのかもわかりませんでした。

長男はこのころ、お風呂に入っては泣いていました。
自分が何者で、将来どうなってしまうのか?ずっと考えていました。
思春期の始まりでもあったのかもしれません。

 

不登校の時期に教えられること

 

その頃私は仕事に出ていましたので、私が仕事の日は、洗濯と夕飯の準備を頼んでいました。
将来一人暮らしをした時に困らないように、という想いももちろんありましたが、やることがあった方が気が楽かなと思ったのです。
3学期を迎えるころには、洗濯物は冷たくなる前に入れてくれましたし、仕事帰りに電話がかかってきて「サラダ作るからカニカマ買ってきて」と頼まれたこともありましたし、テレビ番組は〇ルナンデスがお気に入りで私よりも先に「ボタニカル柄」を知っていました(笑)
数か月がたつと、どちらも諦めとは少し違いますが、二人ともすこし肩の力が抜けて当たり前のように不登校を受け入れていました。

 

ついに5年生に~素敵な担任の先生との出会い~

 

4年生の3学期頃、5年生に進級したら少しずつ学校に行こうと2人で決めました。
そして始業式の前に担任の先生にお会いしてお話しておきたいという私の無理なお願いを校長先生に快諾いただき、始業式前日、新しい担任の先生にお会いしました。
私たち親子にとって、この先生なしでは不登校卒業はなしえなかったと言っても過言ではないほど大切な出会いでした。
私よりも長男との方が歳の近い若干25歳の若い女性の先生でした。
「私は、危険なこと、人に迷惑をかけること、人を傷つけること、以外は叱りません」と最初におっしゃいました。
そしてそれは、1年間ぶれることは1度もありませんでした。
最初は1時間から。毎日送り迎えをしました。
行けない日ももちろんありました。
行けた日も行けなかった日も、先生はほぼ毎日電話をくれました。
どこまでも生徒を信じ切る先生で、ゆっくりじっくり長男を見守ってくれました。
たいぶ行けるようになったある日、私が先生に「先生とクラスのみんなのおかげで行けるようになっています。ありがとうございます」とお礼を言った時、意外な言葉が返ってきました。
「お母さん、それはお互い様です。○○くんのおかげで、クラスメイトのやさしさが引き出されているんです。こちらこそありがとうございます」
たった25歳の先生に、私は教えられることがたくさんありました。
嬉しくて泣いたことが何度あったことか。
やっとやっと、何か月も続いた緊張がふっと緩みました。

 

長男の変化

 

5年生になってからも、いじられることはあったようです。
一度は、いわれのないことでなじられ、教室内でケンカになったことがあり、
「教室の中は危ないから廊下でやりなさい、とやらせましたがよかったですか?」と先生が教えてくれたことがありました(笑)
今どき、そんな先生いますか?
きっと止める先生が多いでしょうね。
私はそれを聞いた時、心から嬉しかったのです。
ちゃんと友達に自分の感情をぶつけられたことが。
ちゃんと自分を信じられた。
自分の気持ちに正直に行動できた。
それがとてもとても嬉しかったのです。
それを許してくれた先生には感謝でした。
その時に怪我をさせてしまっていなかったから言えることなのかもしれませんが(笑)
その子とは今でも仲良しです。

最近も全く休まないわけではありません。
ゴールデンウイーク明けも2日ほど休みましたが、私たちにとっては‟へのかっぱ”です(笑)
時を経て、やっとこう言えるようになりました。
私たちは不登校という大きな問題を乗り越え、大きく成長できました。
その過程で、自分を信じる力、子どもを信じる力を得ることができた気がしています。
なので、無駄ではなかったし、必要な経験だったと今は思えます。
今だから、です(笑)

 

誰にでも起こりうる不登校問題

 

最近になって、数名の友人から立て続けに子供が学校に行けない、と相談を受ける機会がありました。
理由は様々で、どの子にも起こりえる問題なんだなと感じるのと同時に、子を想う母であればたいていは動揺し、どうしたらいいかわからなくなるのではないでしょうか?
そんな時、もっともっと母親に対してのフォローができれば、期間が短く済んだり、母も子も、もう少し楽に乗り越えられるのではないかと思うのです。

 

私のような経験者が発信する意味

 

このコラムを書いていて、何度も泣けてきました(笑)
今考えてもやっぱり辛かったです。
ではなぜ、そんな思いをして発信するのか?
それは、私がその渦中にいたときに、一番求めていたものだったからです。
同じ経験をした方がどのようにそれを乗り越えたのか?
もしそんな方が近くにいて、話を聞いてくれていたら。
気持ちに共感し、爆発しそうな時に相談に乗ってくれていたら。
私はもっと、長男に余裕をもって接してあげられたかもしれません。
そうしたらもっと長男は楽だったかもしれない、そう思うのです。
私が長男に言ってしまった、言ってはいけない言葉は撤回できないけれど、
これからそれを言ってしまうかもしれないママさんを、言わなくても済むようにお話しできるかもしれない、と思うのです。
それが一人だったとしても、私が発信する意味はあるのかな、と。
そんな風に思いました。

 

悩んでいるママさん、どうか一人で抱え込まないでください

 

話したから、解決ができるものではないかもしれません。
でも少し、ほんの少しだけ楽になるかもしれません。
お話しましょう。
本当に追い詰められてしまう前に。

この記事が、悩んでいるママさんのほんの少しの勇気になりますように。

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